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スターバックスに学ぶ新規事業の育て方(2)理念を”額縁に入れた建前”にしないために

前回の記事では、ビジョンとパーパスの関係やパーパスの重要性について、スターバックスをめぐる梅本さんと櫻井さんの対話から読み解いていきました。見えてきたのは、事業や組織のビジョンにはきっかけとなる“源(Source)”があり、組織のメンバーが一緒になってビジョンを磨いていくことで社会的な意義を含むパーパスに昇華する可能性があるということ、そのようなパーパスが組織の求心力や指針となって強い組織が作られていく、ということでした。今回は、組織がパーパスにつながるような“源”やビジョンを得たとして、それを実際の事業運営に落とし込んでいくにはどうしたら良いのかという点に注目します。

第1回の記事はこちら

テキストは⾃動で⽣成されます

テキストは⾃動で⽣成されます

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ビジョンが日常の仕事と分離しているという問題

コンサルタントとして大小問わず多くの企業を見てきた櫻井さんは、「理念は額縁に飾られ、日常の仕事とは切り離されたものになりがち。ビジョンは中期経営計画などで必ず触れられるものの、無難な内容に留まりがち」という日本企業の問題を指摘します。そして、どうしたら理念やビジョンと現場の仕事の仕方とに一貫性がある状態になるのか、という問いを投げかけました。

これに対し梅本さんは、理念の浸透した組織の状態を「神は細部に宿る」と表現しました。スターバックスにおいては、理念が現場の細かい実務にまで浸透し、決して額縁に入れて飾られているようなものではないというのです。そして、そのような一貫性をもった組織の状態を実現する「経営の9つの次元」の話へと展開していきました。

経営の9つの次元

梅本さんと櫻井さんは2時間×2回の対談を通じて「経営の9つの次元」のひとつひとつを丁寧にひも解いていきましたが、本記事では概略だけ紹介します。

前の記事で見てきたように、経営の起点には必ず“源”から生まれたビジョンや理念、パーパスがあり、「9つの次元」もそこから出発します。「1.理念→2.規範→3.目的→4.目標→5.戦略→6.戦術&文化→7.戦技&動機→8.計画&機構→9.実装」という順番で事業と組織を作っていき、全体の整合性が取れているかを検証し、また1から9を実行する。このような形で9つの次元をぐるぐると回し続けるのが、梅本さんの提唱する経営のあり方です。

カルチャーがなければ仕組みは形骸化する

ここで注目したいのが、「1.理念」の次にくるのが「2.規範」であることです。世の中には社員の「行動規範」を明文化している会社もあり、最近ではそれを「バリュー」と呼ぶところも増えていますが、なぜこれほど上位に位置づけられるのでしょう。

スターバックスは日本で1,700近く、全世界で33,800以上の店舗があります(2021年10月時点)。その全てで一貫したサービスを提供するには「カルチャー」と「仕組み」が欠かせないと梅本さん。そして、日本の企業は「仕組み」にばかりフォーカスしがちだと嘆きます。

「ジョブ型がいいとか、DXを導入するとか……それらは必要であっても、そもそもカルチャーがないところに入れたら形骸化するんです」(梅本さん)

櫻井氏と梅本氏の対談模様

梅本さんによれば、組織のカルチャーとはみんなが「こういうやり方がいいよね」と考えているような「仕事の仕方」です。

例えば資料の作り方一つとっても、時間をかけた緻密なものが期待されるのか、ラフなものでも速く共有することが大事だと考えるのか、組織によって異なります。「未経験の新入社員を丁寧に育てるのが、うちのやり方だよね」という会社もあれば、「新入社員でも実力次第で給料が違って当然」という会社もあって、どちらが正解というものではありません。

カルチャーは「この会社らしさ」とも言い換えることができ、「らしさ」にそぐわない仕組みを入れても早晩うまくいかなくなると、梅本さんは警告します。逆に、仕組みが効果を発揮するのをカルチャーが後押しするような関係になっていれば、ビジョンやパーパスが本音と分離した建前になってしまうことも起こらないはずだとも。

櫻井さんは「どこかの会社がとある仕組みを入れて成功したという話はすごく論理的で素晴らしいものに見える。でも、『らしさ』はマネできない強みだ」と同意しつつ、ロジカルで再現性のある仕組みとマネのできないカルチャーとの「バランスが重要ですよね?」と問いかけます。

梅本さんの答えは「どちらも重要だが、順番が大事。カルチャーが先になければいけない」というものでした。

本気でビジョンに向かう集団は仕組みありきで働くのではなく、なにか問題が起きたらそれに対応するために仕組みを作っていきます。例えば店長が働きすぎて倒れそうだとなれば、シフトの組み方を改善したり労働時間のルールを決めたりするといったことでビジョンに向かう動きを止めないようにするかもしれません。それならば、仕組みにがんじがらめになって組織の活力が失われていくということも起こりづらいはずです。梅本さんは、「カルチャーが仕組みをバックアップする」このような関係性の重要性を強調します。

理念というアクセル、規範というブレーキがカルチャーをつくる

「経営の9つの次元」で「1.理念」の次に「2.規範」が置かれているのは、仕組みの前にカルチャーを確立するためです。

カルチャーは、仕組みと違って「こうしたい」と狙って作れるようなものではなさそうです。しかし自然にできあがるのを良しとするわけでもなく、梅本さんは「カルチャーはビジョンと同様に組織のみんなで一緒に磨き上げていくもの」と説明します。そして、対談を聴く私たちに「もしいま自分がいる組織がちょっと停滞していると感じるなら、『自分たちのつくりたいカルチャーは何なのか?』を問うてもいいのでは?」と呼びかけました。

「自分たちのつくりたいカルチャー」は、「自分たちが実現したいビジョン」に規定されるはずで、その方向性を決めるのが「規範」なのです。

「規範」というととても堅苦しいものに思えますが、梅本さんは「ブレーキの役割を果たすもの」と説明します。

理念がアクセル、規範はブレーキ

理念がアクセルだとしたら、規範はブレーキです。組織の共通善と共通悪を決めるのが規範なんですね。理念の『こういうことしたいんだ』の次に、『だから私たちはこういうことはしないんだ』となって、初めて集団は『やって良いことと悪いこと』がわかるんです」(梅本さん)

梅本さんがスターバックス ジャパンの立ち上げをしていた頃の同社では、規範は「大事にすべきことの優先順位」として明確にされていたそうです。

それは、こんな順番です。

コーヒー > 従業員 >顧客> 店舗 > コミュニティ > 株主

株主が最後尾に来ているのは、株主をないがしろにしてよいということではありません。イタリア風の正統なエスプレッソ・コーヒーを出すということにこだわり、従業員が生き生きと働ける状態で、目の前のお客さまのために心をこめて一杯のコーヒーを提供し、そのお客さまとともに居心地の良い店舗を作り、それが地域コミュニティにも受け入れられる関係を作ることに専心すれば、ビジョンに則った形でビジネスを成り立たせることができる。そうすれば株主へのリターンも生まれ、win-winの状態が実現できるのだ、という信念が現れているのです。

これが全く逆の順序だとしたら、短期的な利益を上げて株主を喜ばせるためなら、粗悪なコーヒー豆を使ったり従業員の待遇を下げたりといったことが正当化されかねません。どのような規範を持つかでカルチャー(=望ましい仕事の仕方)が大きく変わってくることが分かります。

仕組みの硬直化を防ぐキークエスチョン

ここまでの話をまとめると、新たな仕組みを入れようというときに、それが組織のカルチャーに合ったものならうまくいく。その仕組みを支えるカルチャーがないところに導入してもうまくいかないということです。

このことを、スターバックスでは「それはスターバックスのミッションに合っているか?」というキークエスチョンで確認する習慣があったそうです。経営陣はもちろん、店舗の中でもこう問いかけながら行動や判断を重ねていくことで、スターバックスはよりスターバックスらしさを増していったのでしょう。

これがもし「それはスターバックスのルールやマニュアルに合っているか?」という問いだったらどうでしょう。どこかでビジョンやミッションとそぐわない仕組みが導入されていても気づかず放置され、仕組みが形骸化するか、あるいはビジョンやミッションに適合しないカルチャーができあがってしまうかもしれません。

こういうことが、実は多くの組織で起きています。櫻井さんはそれを「プロセスが死んでいる」と表現しました。

「現場で『なんでこんなルール作ったの?』と聞いても誰も答えてくれない。過去に誰かが作ったものが、ただなんとなく残っている。でもそれに従わなきゃいけない空気があって、がんじがらめになっているということが、ままありますよね。そういうものをなくしていく、もしくは変えていく強さが、これからの日本企業には必要なのかなと思っています」(櫻井さん)

このような「死んだルール」の中には、「ミスを防ぐために」「ブランドイメージを毀損しないように」など、守りたいものがあるからこそ導入されたものもあるでしょう。しかし、守りたいコアの部分こそ、常に「これでいいのか?」を問えるような柔軟さが必要なのかもしれません。

スターバックスの接客にマニュアルは作らない

その点、スターバックスでは接客に関しては、あえてマニュアルを作らないのだそうです。

同社の理念は”one person, one cup, and one neighborhood at a time.”(ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから)。目の前のお客さまにどう接するかは同社のビジネスのコアになる部分だからこそ、マニュアルに沿って機械的にやるようになっては絶対ダメだ、と考えるのです(逆に、コーヒーマシンの扱い方やシフトの組み方などは合理的にシステム化され、スタッフたちが接客というコアの仕事に集中できるようになっているそうです)。

経営の9つの次元

「経営の9つの次元」を見ると、経営者が最初に考えそうな「目的」や「目標」ですら「理念」と「規範」の後に置かれています。そして5番目の「戦略」で、マニュアル化やシステム化すべきところはどこで、そうすべきでないところはどこかといったことが決まってきます。また、6番目に「戦術・文化」とあるのは、戦略を実現する上での個別の打ち手を見極めながら、同時に「カルチャー=自社らしさ」をより浸透させていくための働きかけやしかけが必要だということです。


次回は、参加者の質問を受けての梅本さんと櫻井さんの対話を元に、組織の進化について考えたいと思います。

筆者:やつづか えり

つづきの記事はこちら

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2022年3月11日 編集部追記
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