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スターバックスに学ぶ新規事業の育て方(1)パーパスの意義と見つけ方

2021年11月から12月にかけて、デジマイズム主催で「日本スターバックスのつくりかた」と題した対談を行いました。登壇者は、かつてスターバックスコーヒージャパン立ち上げの総責任者を務めた梅本龍夫さんと、起業家であり、さまざまな企業の事業・組織開発を支援する櫻井亮さん。梅本さんの最初のキャリアは日本電信電話公社のデータ通信本部(現NTTデータの前身)、櫻井さんもNTTデータ経営研究所時代にNTTデータの新しいビジョンづくりの経験があることから、NTTデータのOBといえるふたりが古巣で知見をシェアする機会になりました。

この記事の執筆をお願いしたのは、ライターの「やつづかえり」さん。やつづかさんは、梅本さんがスターバックスの経営から得て独自にまとめあげた経営のセオリーを広く世に伝えるべく、梅本さん・櫻井さんと「チームPC8」を結成して活動しています。今回から3回にわたり、創業以来アメリカで50年、日本で25年経っても愛され続けるスターバックスに学ぶべきことを、対談の中からやつづかさんの視点でピックアップしてお伝えしていきます。初回はミッション・ビジョンとパーパスの関係、その重要性についてのお話です。

「パーパス」に対するよくある疑問

ここ数年、「パーパス」という言葉が大いに注目されています。

経営やブランド戦略といった文脈において、パーパスは「存在意義」「存在目的」などと訳されます。「この組織やブランドが存在することによって、どんな良いことがもたらされるのか」を表しますが、単に経営者や従業員や株主にとっての「良いこと」ではなく、社会にとっての「良いこと」が含まれている点が、パーパスという考え方の特徴と言えるでしょう。

しかし、企業の姿勢や方向性を表すものとしては、ミッション・ビジョン・バリューや企業理念などがすでにあり、先のパーパスの定義に当てはまる内容も存在します。「それと何が違うの?」と感じる方もいらっしゃるでしょう。社会的意義にフォーカスするあまりに絵に描いた餅のように見え、「そんなパーパスに意味があるのか?」と疑問視する方もいるかもしれません。

今回の対談で語られたスターバックスの経営は、そんなモヤモヤを晴らすヒントに満ちたものでした。

写真左:梅本龍夫 写真右:櫻井 亮

梅本龍夫
有限会社アイグラム 代表取締役 物語ナビゲーター
日本電信電話公社(現 NTT)、ベイン&カンパニー、シュローダー・ベンチャーズ、サザビ ーリーグ取締役経営企画室長を経て、独立(経営コンサルタント)。スターバックスコーヒージャパン立ち上げ総責任者として日本参入調査、合弁契約策定、事業戦略と組織構築を推進。

櫻井 亮
MAHO-LA CREATIVE ㈱ 代表
Hewlett PackardからNTT DATAを経て多業種の企業コンサルティングに従事。
現在は事業支援、新規事業開発、調査・分析、教育、研修・ワークショップ、ファシリテーションで企業がいま必要とする「デザイン」を提案している。

スターバックスの「第2創業」を促したハワード・シュルツの原体験

スターバックスが日本1号店をオープンしたのは1996年。当時アメリカ本社のCEOであったハワード・シュルツ氏の名前を知る方も多いでしょうが、実はシュルツ氏は、スターバックスの創業者ではありません。

同氏の『スターバックス成功物語』(日経BP)によれば、彼はスウェーデン企業のアメリカ支社トップという地位を捨て、スターバックスに転職しています。当時はまだコーヒー豆販売店を5つ展開しているだけだったスターバックスに、大いに魅せられていたようです。しかしあるときミラノを訪れて現地のエスプレッソ・バーの様子を知り、スターバックスでもエスプレッソ・コーヒーを提供し、イタリアのコーヒー文化を多くのアメリカ人にも体験してほしいという夢を抱きました。そこからシュルツ氏によるスターバックスの「第2創業」が始まったのです。

バリスタがまるで舞台俳優のような身のこなしでエスプレッソを提供し、お客がバリスタや他の客とのコミュニケーションを楽しんでいる――ミラノで目の当たりにした光景から受けたシュルツ氏の衝撃を、梅本さんは新たなスターバックスのビジョンの“源(Source)”だと表現します。

櫻井氏と梅本氏の対談模様

リーダーと共にビジョンを磨くフォロワーがいて、スターバックスの成功がある

海外の文化に憧れを抱き、これを自国に広めるビジネスを展開したい……と考える人は、シュルツ氏だけではありません。しかし、その思いつきをきちんとビジネスにし成功に至らせる人はわずかです。

シュルツ氏にこれができたのは、ビジョンを人に伝わる形にして語ることができたからです。スターバックスコーヒージャパンの立ち上げ期にシュルツ氏と仕事をした梅本さんは、彼を天性のストーリーテラーだと表現します。

また、ビジョンに向かう経営に欠かせない要素として梅本さんが指摘するのが、リーダーに対するフォロワーの存在です。ここで言うフォロワーはリーダーの部下という意味ではなく、リーダーが示したビジョンに共鳴し、その実現にコミットする人のことです。スターバックスにおいてそれは、ハワード・ビーハー氏(小売担当の副社長として入社)とオーリン・スミス氏(CFOとして入社)でした。ビーハー氏がビジョンを実現するために必要なミッションを明確化し、スミス氏がそれを実行するための仕組みを作る、という役割を担ったそうです。

この2人(Howard、Orin)とシュルツ氏(Howard)の頭文字から、社内では3人が”H2O”と呼ばれていました。3人の関係は非常に対等で、時には激しく議論をしながら共同で経営に当たったといいます。

「シュルツのコーヒーに対するこだわりはすごいんです。それに対してビーハーは、人々を大切にし、良い現場を作りたいと言う。一見2人の考えが違うように見えますが、ビーハーも当然コーヒーが大好きです。そして何よりも、シュルツが気がつくんです。『俺は人を大切にしたいと思って商売をやってきた人間だ』と」(梅本さん)

シュルツ氏は貧しい家庭に生まれ、父親は家族を養うために真面目に一生懸命働いたものの最後には失業し、とても苦労したようです。シュルツ氏はビーハー氏に意見され、従業員を父のような目に合わせてはいけないという、自分の中にあった思いに気がついたわけです。そして、コーヒーだけにフォーカスしていたシュルツ氏のビジョンは、コーヒーを提供するスタッフを大事にすることも包含するようになりました。同様にスミス氏も、人を大事にするということを具体的に実行する手段として、全従業員にストックオプションを与えたり健康保険制度を充実させたりといったことを実現させていきます。

シュルツ氏・ビーハー氏・スミス氏の関係は「ビジョンを真ん中に置いた三角形」

梅本さんは、3人の関係を「ビジョンを真ん中に置いた三角形」と表現しました。ビジョンを真ん中にそれぞれの考えをぶつけ合い、ビジョンを磨き上げていった。その結果、スターバックスは本場イタリア風のコーヒーが飲めるというだけでなく、居心地の良い店舗で気さくな店員から暖かいサービスを受けられるという、独自のブランドイメージを築いていったのです。

メンバーはリーダーではなくビジョンやパーパスのもとに結集する

現在、スターバックスは以下のミッションを掲げています。

人々の心を豊かで活力あるものにするためにー
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから
※英語では次のとおり
to inspire and nurture the human spirit – one person, one cup, and one neighborhood at a time.

世間では、会社や店の成功の要因としてリーダーの存在が語られることがよくあります。しかし梅本さんは、スターバックスの従業員たちを引きつける求心力は、リーダーではなくビジョンにあるのだと指摘します。

スターバックスの従業員たちを引きつける求心力はビジョンにある

ブランドイメージを大切にする小売店としては珍しいことだと思いますが、スターバックスには接客に関するマニュアルがないそうです。その代わり、アルバイトも含む誰もが受ける80時間のトレーニングで、コーヒーのいれかたなどのスキルだけでなく、スターバックスの価値観について対話を通してすり合わせていきます。実際に店舗で働くようになれば、現場のスタッフが常に「スターバックスのミッションに合っているか?」を基準に色々なことを判断するのを目の当たりにし、ビジョンやミッションを行動指針にすることが自然と身についていくようです。

スタッフが常にビジョンやミッションを意識し、マニュアルがなくてもその店らしいサービスができる――そんな理想的な状態がどうして可能なのか。梅本さんは4回の対談を通じてさまざまな理由を語ってくれました。その一番のベースにあるのは、共感度の高いビジョンやミッションでしょう。

H2Oが三角形のフォーメーションでビジョンを真ん中において仕事をしているように、スターバックスの店舗でも、スタッフたちの真ん中にビジョンがある――梅本さんはそのことを強調します。

単にイタリア風のエスプレッソにこだわった店というだけであれば、コーヒー好きのメンバーしか惹きつけることができません。でも、コーヒーを介して目の前のお客さまや属しているコミュニティを大切にするというコンセプトは、もっと多くの人の共感を呼びモチベートします。

つまり、これが「パーパスを持つ」ということなのだと思います。シュルツ氏ひとりの夢として生まれたビジョンが、社会的な意義を持つパーパスへと進化していき、経営者のみならず店舗のスタッフ一人ひとりの行動に影響しているのです。

パーパスがないと感じたら“源”を探すところから

スターバックスには「パーパス」という形で公開している宣言はないようですが、このようにしてビジョンが磨かれていく過程で、みんなが「この会社は社会に存在する意義がある」と信じられる状態、つまりパーパスを共有する組織になっていったのではないでしょうか。

冒頭、よくある疑問として「パーパスはミッション、ビジョン、バリューや企業理念と何が違うのか?」というものを挙げました。結局、その会社やブランドが社会に存在する意義を、自分本意でなく社会に受け入れられる形で語るステートメントがあるのなら、あえて新たな「パーパス」を作る必要はないのです。

逆に、今のミッション、ビジョン、バリューや企業理念が社会の中での存在意義という視点にまで至っていない、あるいはきれいな額縁に入れられた建前になってしまっているというなら、あらためてパーパスを明文化することで社員がもっとモチベートされたり、仕事の質が上がったりする可能性があります。そしてその際には、自分たちの“源”は何かを探ることが必要です

パーパスがないと感じたら“源”を探すところから

梅本さんは、「“源”なきビジョンはフェイクだ」と断言しました。“源”から生まれたビジョンは、最初は自分本意な夢であっても、磨き続けてパーパスにまで昇華できる。逆に、“源”とつながっていない上っ面のビジョンは、磨き続ける過程でブレたり空中分解したりする、ということなのだと思います。

でも、世の中には建前の企業理念と本音が分離している会社はいくらでもあります。対談では、「そんな会社で働く社員はどうしたら良いのか?」と櫻井さんが世の中の会社員の心の叫びを代弁し、「トップダウンでの変革が期待できないとき、現場の社員ができることはなにか」について対話が展開していきました。

次回は、”源”から生まれた本物のビジョンを手にできたとして、それを事業として成り立たせるには何が必要か、やはりスターバックスを題材に梅本さんが整理されたフレームワークをご紹介します。

筆者:やつづか えり

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テキストは⾃動で⽣成されます

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2022年3月11日 編集部追記
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